在宅看護研究センターLLP/日本在宅看護システムは、 「自分らしく生き抜く」を重視・・全員、メッセンジャー力を発揮。看護の本質にこだわり、突発的に必要となる付添型看護も一丸となって実施。看護の実践力の価値を追求し続けています.  常勤・非常勤、同志の看護師募集

1986年3月24日、開業ナース集団の在宅看護研究センターは誕生しました。組織替えにより、その収益事業部門として1992年に設立したのが日本在宅看護システム在宅看護は今の時代に合わせて進化させなければいけません。看護の本質にこだわりつつ、本来あるべき看護、今の時代に看護師としてやるべきことを様々な形で追求・追究しています1999年には在宅看護研究センター付属訪問看護ステーション を設置。
 

・勉強会を開催するなかで、全スタッフが今求められている看護を提供し、1つの方向に向かって行動する。今の時代に即した新しい日本在宅看護システムの構築が進んでいます。 

【看護は実践なくして語れません。 看護は実践なくして評価されません】 私たちは、実践・教育・研究を軸に誕生した在宅看護研究センターの理念を基に活動しています。

            活動報告「システムのスタッフは、今」

2018年全大会、今年のテーマは「失敗は宝物、失敗から学ぶ看護の原点〜失敗をみんなの学びへ〜」

180520_105335 々忙しく気がかりなことすら振り返る時間もないという気持ちもあるかもしれませんが、全体会では、じっくり振り返りをしたいと思います。明らかな失敗は振り返りしやすいこともあると思います。しかし、あきらかな失敗は、自分の自信を大きく失うものでもあると思います。自分の失敗に気がつかない、気づけない事も、自分を信じることのできない痛手でもあります。

この時間で、いま一度看護の原点を思い起こし、失敗から学ぶこと、失敗に気づける自分になる為には、どうしたら良いかなど、自分を振り返りながら、その振り返りから得た学びを仲間に伝え、そうすることで、その失敗も宝物になっていくのではないかと思っています。(担当:甲州 優)

在宅看護研究センター設立33年目、めざすは、システム発足当時の看護と介護の連鎖・連動。メッセンジャーナースと共に歩む仲間、「私はこんなことで取り組みたい」という意志をお持ちのあなたをお待ちしています。

お問い合わせ:℡03-3362-3193(担当:片岡・川口)

*「家族を家で看取る本」 村松静子・監修(主婦の友社)

『メッセンジャーナース 看護の本質に迫る』 (看護の科学社)      注文は、看護コンサルタント 

*「看護実践の科学 9月号」(看護の科学社) [特集]メッセンジャーナースが伝える看護師の主体性

*中央公論9月号(8月10日発売) 特集:対談「父・永六輔は家族に囲まれて旅立ちました」

開業ナースのエッセンス 「暮らし」に伴走する看護のすすめ(心の科学:日本評論社)・Ⅱ.ともに創りあげる看護・・・加齢とともに輝いて生き抜くには、今、何が足りないかー実証研究への取り組み(奥山直美)

*婦人公論2015.1.22号「ルポルタージュ 時代を創る女たち 開業ナースは心を聴く」⇒「20150122.pdf」をダウンロード

日経新聞夕刊『人間発見』2012年4月16-20日掲載「開業ナース、患者を自宅へ」⇒     

ライフアシスト第82013巻頭インタビューいまを生きる「その時」は家で WEB

特集「今求められるコミュニケーションスキル」看護の科学社 9月号 VOL39 NO.10

医療心理学 第1章第4節ターミナルケアにおける心理学的支援(2013年3月 おうふう)

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在宅看護研究センターLLPの組合員・日本在宅看護システムの在宅看護事業部では、常勤または非常勤の同志を募集中です.

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                  お問い合わせは⇒📞03-3362-3193 へ

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5月20日の全体会に参加して良かった!頑張れる原点は此処なのだと改めて思いました.

私は、全体会に参加して何ができるのかと思いながら、でもそれは私自身の思い上がりではないかとも思いながらの参加でした。

終わってみて、参加して良かった!皆から力を頂きました。

 非常勤になり豊島区に関わり始めて半年、頑張れる原点は此処なのだと改めて思いました。

この全体会をどう自分の中に取り込む事ができるか、私の中でのチャレンジだと思います。

看護実践とは違う看護のアピール、押し過ぎず引き過ぎず頑張ります。これからもよろしくお願い致します。(鈴木)

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全大会:今年のテーマは「失敗は宝物、失敗から学ぶ看護の原点〜失敗をみんなの学びへ〜」です。

日々忙しく気がかりなことすら振り返る時間もないという気持ちもあるかもしれませんが、全体会では、じっくり振り返りをしたいと思います。

今回、全体会の時間でいま一度看護の原点を思い起こし、失敗から学ぶこと、失敗に気づける自分になる為には、どうしたら良いかなど、自分を振り返りながら、その振り返りから得た学びを仲間に伝え、そうすることで、その失敗も宝物になっていくのではないかと思っています。

10時集合、司会は甲州、補佐は募集中です。

これからの時代、看護師としてどのように自立してやっていけるのか、それぞれにじっくり考えていきたいと思います。 

反省で終わるのでなく、話せてスッキリでもなく、看護の原点をあらためて見いだし、明日からの活力になるような、明日からまた看護にチャレンジできるような、そんな全体会の終わり方をしたいと思っています。

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<15分後>

甲州さん、企画運営、お疲れ様です!

補佐、ぜひ手をあげまーす

良い結果が出たことよりも失敗したことの方を忘れられずに覚えている川口でした。

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川口さん、ありがとうございます。 

当日はぜひ、その忘れられない失敗談から、看護の原点を掴みましょうー!! 

そうできる会にしたいと思います!(甲州)

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コラム「医師として、武士として」  Vol.100 「炊飯器」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.100 2018.5.5 炊飯器  

今日もスタバで、抹茶フラペチーノを楽しみながらコラムを書いている。1960年、初版本として発刊された北大路魯山人の筆からなる「春夏秋冬料理王国」というエッセイー集が、1980年、「魯山人の料理王国」と名を変え新装復刻版として発刊された。お読みになった方はおられると思う。小生は、4半世紀前に読んだ。現在でも通る内容である。

魯山人は、料理家だけでなく、書家、陶芸家、染色家としても「名」をなしている。「料理王国」は魯山人の「食」のエッセー集であるが、目次に、「料理する心」「味覚論語」「食通歓談」「お茶漬の味」「香辛料と調味料」「味ところどころ」「料理メモ」とある通り、魯山人は「食」に通じた文化人である。当時、一流の知識人は、競って魯山人が経営陣に参画していた「星ヶ岡茶寮」に通ったという。

「新装復刻にあたって」の復刻版の初頭の文章に、「いつか山人が料理場におりて行くと若い下っぱの料理人が飯を炊いておった。その青年がつと立ち上がって釜に耳を近づけて米がよく煮えて立って音をききすましている。鉄の釜を焚いている間も気をゆるめぬ御飯炊きの忠実さに山人は炊き上がった御飯の出来上がりを待った。よくむれた御飯は上出来であった。そこで山人は大喜びしてこの青年に金一封を贈り、間もなく煮方手伝に登用した」という文章がある。魯山人の心配りにも称賛に値するが、日本料理の中核は、美味しい「ご飯」であることはいうまでもない。

先日、近くの大型家電店に行く機会があり、炊飯器、現在は電気炊飯器であるが、どんなものがあるのか、店内をぶらぶら歩きまわり見てまわった。

“本炭釜の激沸騰と大火力で香り高く炊き上げる「本炭釜」”、“南部鉄器「極め羽釜」”、“プレミヤ本土鍋「四度焼き」”、“米はおどる方がうまい「Wおどり炊き」”等々、米飯の出来具合を宣伝し競い合っている。

小生宅には、炊飯器はない。5年経つであろうか。まず、小生が容姿を考え米飯を食しなくなったことが一番の原因である。現在も、寿司以外の「米」は食べない。家人は、わずか1合程度のご飯を炊くため、いつも炊飯器をきれいにしておき食べるか食べないかわからないご飯を用意することが無くなった。「労」が軽くなったのである。

時に、「おにぎり」を食したいときがある。近くに、美味しいおにぎりで「名」をなしている「コンビニ」で買ってきてもらう。具は「かかお」か「ツナ」が好である。家人は、「パン」か「パスタ」を好んで食している。愛猫は、固形食のみである。従って、炊飯器はいらないのである。結局、炊飯器は粗大ごみとなった。

先日、家人が新聞を食いるように見ていた。1面を使った、食べたいときにすぐおいしい「食宅便」と表示されている広告である。プラスティックのトレイにきれいによそった“おかず”

の写真に一食分のカロリー(エネルギー)と塩分量が記載されている。

1) トマト煮込みハンバーグ:エネルギー272Kcal、塩分2.8g  2)牛しゃぶ:エネルギー264Kcal、塩分1.9g  3)海老グラタン:エネルギー362Kcal、塩分2.8g 

)野菜たっぷり回鍋肉:エネルギー223Kal、塩分1.5g  5)鶏肉のレモンペッパー焼き:エネルギー246Kcal、塩分1.9g  6)牛肉の牛蒡煮:エネルギー231kcal、塩分1.9g 7)鱈のきのこクリーム:エネルギー234kcal、塩分1.8g

さらに、「管理栄養士の新生活応援セット、おかず7食セット 3,920円」と掲載されている。一週間分の夕ご飯のおかずになることを想定しての広告であろう。

時代と共に料理法は変わってきている。手料理から、スパーマーケット食、コンビニ食、いずれは「宅配食」となるのは確実である。“チン“すれば良い訳であるから超高齢者社会になれば必然であろう。

小生も家人も年を取った。いつから“チン”食事になるかな。(終わり)

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コラム「医師として、武士として」  Vol.99 「倫理観:素朴な質問(その2)」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.99 2018.4.28 倫理観:素朴な質問(その2 

現在の世界は、「自由、平等、有愛」に基づく倫理観でなりたっている。その「倫理観」を普遍的な倫理観とするため壮絶な争をした。また、現在もしている。「自由、平等、有愛」は、1678年に起きたフランス革命からの倫理観である。有史以来、数千年、世界のどこでも「絶対君主」が「民」を支配していた。絶対君主制の倫理観で世界は動いていた。「君主」がいて「民」がおり「奴隷」がいるというものである。奴隷と言っても、ギリシャのソクラテス、プラトン、アリストレスのように有力者の「民」に属するという時代が長く続いた。それがフランス革命で崩壊し、「ヒト」は自由、平等という新しい倫理観ができた。庶民は戸惑ったと聞く。現在の倫理観は僅か350年前に生まれた、生まれたての倫理観である。この歴史の浅い倫理観も変わるであろう。

殺してもいい時代、自由、平等でない時代が来る可能性もある」と考えると、市井の一員である我々はどのようにしたらよいのであろうか。

飛躍した話になるが、医療資源の確保の観点から制限される医療も検討されている。医療人は、「命のトリアージ」をしてはならないという「倫理観」を絶対的な行動規範としていたが次第に崩れてきている。

災害時のトリアージタッグで知られる救命制限、がん治療・血液透析開始の年令制限、生前診断(NIPT)に基づく出生制限等々である。医療資源の確保、費用対効果など色々な理由で命のトリアージが行われようとしている。それを否定する訳でないが、「命」と対比するものはないと教わり続けられ、また、思っている「倫理観」を変えなければならない時代になってきた。

「可愛そう」という素朴な倫理観だけでは、世の中は通じなくなってきている。

「倫理観」は常に変わることが言いたかったのである。理屈っぽく、一人よがりになってきたのでお終りとする。(完)

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コラム「医師として、武士として」  Vol.98 「倫理観:素朴な質問」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.98 2018.4.15 倫理観:素朴な質問

 今日もスタバで、抹茶フラぺチーノを楽しみながらコラムを書いている。新聞の「人生相談」で、倫理観の根源的な問題を15歳の若者が素朴な質問し、落語家で作家の立川談四桜氏が、小気味いい回答をしているのを読んで興奮している。

 質問は、年齢から言うと高校1年生と思われる青年が、「僕が、ヒトを殺してはいけない理由を簡単に説明して」と、一緒にニュース番組をみていた親戚のおじさんに頼んだら、「我々がそうゆう時代に生きているからだよ。価値観や倫理観は時代によって変わる」と即答されました。それなら「殺してもいい時代が再び来る可能性もある」と考えるべきでしょうか。というものである。

 「ヒトを殺してもいい時代はくるのか?」。極め重く回答に窮する問題である。回答者の立川氏がこれまで聞いた回答で感心したのは、「理由はない。いけないものはいけないんだ。」というものであるという。しかし、親戚のおじさんの「我々が、そうゆう時代に生きているから」にも説得力があると回答している。

 確かに「ヒトは殺してはならない」という倫理観は、700万年からの人類史を見ると、まず、自分が生き抜くためには常に「争い」に勝なければならないから太古にはなかったと言ってよい。「争い」は、倫理観の欠如というより本能的なものであったろう。時代が下るとともに、自分という「個」から、同種、同族、集団の命・財産・名誉を守るために「争い」を起すようになり、若干であるが何らかの倫理観を持つようになってきたと思われる。

「理由はない。いけないものはいけない」という倫理観を、現世の人は絶対と考えているが、有史以前から色々な理由で「ヒトを殺し」世界が形成されている。何か理由があれば「ヒトを殺してもよい」というのが現在の倫理観なのであろうか。20世紀は、戦争で4億人が殺されたという。現在も、世界のどこかで戦で「ヒト」が殺されている。

その様に考えると、これからも同じことは起こりえる。回答者は、「殺してもよいという可能性はゼロではない」と答えているが、質問している若き青年に「それを防ぐのは、あなた方の世代に期待する」と回答している。質問も回答も秀逸である。

倫理観は一般に人の行動規範となる。法律とは関係がなく、「ヒト」として守り行うべき道、善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるものーと、書物に記してある。残念な事に、歴史は「ヒトを殺してはならない」という倫理観は、まだ「普遍的」になっていないことを示している。(続く)

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コラム「医師として、武士として」  Vol.97 「風月堂のゴーフル」    安藤 武士 Andou takeshi

Vol.97 2018.4.1  風月堂のゴーフル

アルベルト・シュバァイツァーという人物をご存知の方は少ないと思う。医師・哲学者・神学者・音楽学家で、アフリカでの献身的な医療活動が評価され1952年、ノーベル平和賞を授与された人物である。30歳で医学部生となったが、それまでは、哲学・神学を学び、大学の神学講師として研究・教鞭をとっていた。

38歳で医学博士号の学位をとり、1913年に医療施設に困っていたアフリカ・ガボンのランバレネに診療所を建て1955年まで医療に従事する。第一次大戦という混乱期では、医療活動は一時中止し、ヨーロッパでパイプオルガンの演奏者として名声を得る。その後、ガボンに戻り、献身的な医療奉仕活動とヨーロッパでの講演活動を展開、その献身的な奉仕活動が評価され、1952年度のノーベル平和賞を受賞する(以上はIT情報)。

小生も小学校時代に「アルベルト・シュバァイツァ―博士」の伝記を読んだが、木製の「輸液台」の挿絵が記憶にある。

その後、核反対運動にも参加するなどしつつ、ランバレネで医療活動を続け、1965年、90歳でこの世を去った。

何事も毀誉褒貶はある。現地での評判は決して良いものではないという。自らの神学思想を現地の文化より優先し、同時代の西洋の知識人たちと同様に白人優先主義者で、「人類皆兄弟」の標語を唱えながらも、白人を兄、黒人を弟として扱っていたという。植民地支配の側面が強かったようである。近代医学を行う医療機関も設立されたが、シュバァイツアー博士の奉仕の精神の医療施設に負け、閉鎖を余儀なくされたという。それが原因で、当地の医療は著しく遅れたという。

シュバァイツァー博士は、ゴーフルが大好物で、日本から訪れる人は「風月堂のゴーフル」をお土産として持って行ったと聞く。

小生の昼食は、長年、「風月堂のゴーフル」のみである。10月になると落ち着かなくなる。(完)

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